演劇

福岡県外の“芸能”を観客が招く令和の風

いろいろ論ずる前に、言葉の定義をしておこう。このエントリで“芸能”とはストレートプレイやミュージカルの劇団から歌手・噺家・ダンサー・コメディアン&コメディエンヌ・声優・マジシャンといった何らかの芸をもって観客に娯楽的な何かを供する人々や団体、もしくはその能力の総称である。資本論で言うところの“商品”みたいなものだと思って欲しい。

ここ福岡でもプレイガイドや劇場運営に携わる法人などが県外の芸能を招いて公演を行うことはあった。おそらくその歴史は戦前にまで遡れる長いものだろう。そういう歴史は福岡演劇情報NTRの柴山麻妃さんに語っていただくとして、ここ数年の私の身の回りで見たことをここでは取り上げたい。

観客個人による芸能の輸入、薙野信喜さんと柴田弘紀さん

個人的見解として、最初のきっかけは平成18年(2006年)に、演劇評論の薙野信喜さんが「HIROBAプロジェクト」を立ち上げ、80年代からのアングラ演劇の旗手でもあった劇作家・演出家の小松杏里さん(代々木アニメーション学院福岡校で講師を勤めていた)を立てて、韓国演劇「豚とオートバイ」を上演したことだと思う。その後も薙野氏は福岡ではメディアに載らない芸能、落語家・快楽亭ブラックや浪曲師・春野恵子などを招いてささやかな上演会を何度か行っていた。しかし、その活動はやがて下火になっていく。快楽亭ブラックの毒演会は、落語マニア・柴田弘紀さん(九州大学准教授)の「ブラックカンパニイ」に引き継がれ、令和の今も続いている。

HIROBAプロジェクトと快楽亭ブラック師匠
HIROBAプロジェクトと快楽亭ブラック師匠。右端が薙野信喜さん、中央が快楽亭ブラック師匠、左端が筆者。2011年撮影

上村里花さんという黒船

広島県で「広島で生の落語を聴く会(2008年活動開始)」を主催している学芸記者の上村里花さん(毎日新聞)が、転勤で福岡に赴任したのが、観客主導による“芸能”輸入の令和における大きなターニングポイントになった。いつ休んでいるのかわからない多忙な新聞記者が、広島での活動エネルギーをそのまま福岡に持ち込み、県外の芸能を次々と輸入、そして「博多活弁パラダイス」を立ち上げ、無声映画を活動弁士による話芸と共に観るという、私にとっては前代未聞(そうでしょう?)の体験の場となった。

現在(2026年1月28日)大阪に転勤されているが、2008年に活動を始めた「広島で生の落語を聴く会」は今でも開催され続けており、博多活弁パラダイス等も含めて県外からでも精力的に芸能の輸入を続けていらっしゃる。

上村里花さん
上村里花さん。2023年2月撮影

さかねあきこさんによる「福岡で生の落語を聴く会」の発足

新聞記者は転勤・異動が多い仕事ということもあり、その活動はいつまで継続されるかわからない。上村さんがある日ふっと転勤でいなくなり(実際にそうなった)、会がなくなってしまうかもしれない──という思いがあったのだろう、上村さんから落語会の運営を学んだ(と思われる)さかねあきこさんによる「福岡で生の落語を聴く会」が発足、福岡の大学生による落語研究会の支援や、福岡県外の新進気鋭の若手などをよび、こちらも人気をはくしている。

株式会社サイコー舎の社長・泊敏朗さんによる現代芸能の輸入

令和6年くらいからだったか、福岡の観劇仲間であった泊敏朗さんから何度か公演チケット購入の依頼や公演への招待をうけることがあった。彼は見本市といった展示会の什器レンタルや設計・製造を行う会社(株式会社サイコー舎)を経営していることもあって、比較的舞台に近い観客だしそういう繋がりなんだろうと思っていたのだが、今年の1月23日に上演されたコンテンポラリーダンスでもらったチラシをみて驚いた。その公演の「後援」で最初に社名が載り、他のチラシに載るギャラリー個展の案内などでは「主催」にも掲載されていた。たぶんこれ、泊さんのお眼鏡にかなう芸能を個人的に選んで輸入しているのだと思い、電話をかけて話したところ「目ざめちゃった、みたいな?(笑)」との事であった。
先述した落語や無声映画が古典芸能なら、泊さんのこちらは現代芸能でメセナ活動でもある。今後の活躍に期待したい。

泊敏朗さん、柴山麻妃さん
泊敏朗さん(右)。2003年10月撮影

※福岡県外の“芸能”をもってくることを「輸入」と表記したのは、九州で行われる催事について「上陸」と呼ぶ九州広告界の伝統を踏まえたものである。

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観音山フルーツパーラー銀座店前のページ

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